海中探査等を行う潜水艇や水中ドローンが互いに、あるいは船上や陸上と通信を行う場合、その方法は2つに限られる。電波が通らない水中では、ケーブルをつなぐ“紐付き”か、音波を使う音響通信の二択というのが現状だ。
紐付きなら映像伝送のような高速通信が可能だが、運用上の制約が多い。活動範囲が限定されるうえ、ケーブルが絡むのを避けるため単独運用が基本となる。
一方、水中音響通信は遠くまで届く反面、通信速度に課題がある。一般的に使われている音響通信装置の性能は数十kbps。動画はもとより、静止画の伝送すらスムーズに行えない。
そのため現状では、無線通信は潜水艇等の位置情報や速度等の状態情報のやり取りに用いられている。水中ドローンにソナー(音響探査装置)とカメラを搭載した場合も、そのデータはドローンが戻ってきた後に取り出すのが常だ。国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海洋工学センターで海洋戦略技術研究開発部 海洋観測技術研究開発グループ 主任技術研究員を務める澤隆雄氏は次のように話す。
「水中ドローンの小型化が進んだことで、漁船やボートで持っていくだけで手軽に探査ができるようになった。だが、戻ってくるまでデータが回収できず、“取っているはずだけど、よくわからない”状況が半日から1日続く。これをなんとかしたいというのが、新たな水中無線通信技術を開発するモチベーションになっている」
国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC) 海洋工学センター
海洋戦略技術研究開発部 海洋観測技術研究開発グループ
主任技術研究員 博士(工学) 澤隆雄氏
青色LEDがもたらす革命その新技術が、可視光を使った水中無線通信である。
可視光通信とは、人間の目には判別できないほど高速に光を明滅させることで信号を伝達する技術だ。陸上でも実用化が進んでおり、音波と同様に水中で減衰しにくい光の特性を活かして、数十Mbps程度の高速通信を実現する「水中光Wi-Fi」(JAMSTECによる呼称)の開発が進められている。
我々が日常的に使っている電波は水中を通らない。例えば、Wi-Fiの伝達距離はせいぜい1cm程度だ。
対して、水中で目を開ければ周りが見えることからも分かるように、光は、特に青色光は水を通りやすい。そのため、実は昔から可視光を使った水中無線通信の研究は続けられていた。しかし、実用に耐え得る通信装置の開発には至らなかった。高出力で青色光を発し、かつ高速に明滅させられる応答性の高い光デバイスを低コストに作る術がなかったからだ。
その状況を大きく変えたのが、2014年に日本人3名がノーベル物理学賞を受賞したことで話題になった「青色LED」である。白色光を放つLED電球の普及をもたらしたあの技術が今、水中でも革命を起こそうとしているのだ。「小型で高出力かつ応答性が高い、通信用の光源として適切なデバイスが安く手に入るようになった。それで今、陸上でも水中でも可視光通信の取り組みが活発化してきている」(澤氏)
青色通信光を使った水槽内実験の様子(左)。
右は、海中での実験に使われた水中光無線通信装置(提供:JAMSTEC)