服部 これからのキャリアの価値、存在感という意味で、今後大きな議論を巻き起こしそうなものとして「Embedded-SIM(E-SIM)」があります。簡単に言えば書き換え可能なソフトウェアSIMで、これはつまり、ユーザーがどのネットワークを使うのかをコントロールする権限が、キャリアからサードパーティに移ってしまう危険性をはらんでいます。
――現在、E-SIMに関する議論はどの程度まで進んでいるのでしょうか。
服部 まだ、標準化の最初のステップが終わったという段階です。ただし、インフラベンダーやOTTなどは新しいビジネスモデルを誕生させる呼び水になると主張しつつ推進していこうとしています。キャリアとしては当然、看過できません。激しく反対しています。
岸田 アップルが、SIMのリモート書き換えに関する特許を持っています。もしE-SIMが実現すれば、端末とサーバー間の通信にどのネットワークを使うのかを、随時アップルが決めたり、ユーザーに選ばせることも可能になります。例えば、その時に空いているネットワークを選択的に使う、あるいは料金の安いネットワークを優先的に使うといった具合です。
SIMが、つまりどのネットワークを使うのかが固定されていれば、たとえ土管化してもキャリアとして自社収入を確保できます。しかし、キャリアが使われる側になれば、いつ自社網を使ってもらえるかは不確定になり、収益の計算も、今までのビジネスモデルも成り立ちません。
森川 このアップルのE-SIMの考え方は、注目しておかなければなりません。それは、キャリアとOTTのしのぎ合いという観点だけでなく、通信ビジネスの在り方を変える可能性があるからです。
もし将来、そうした世界が実現すれば、土管としての有線・無線のパイプを持つ複数の事業者がいて、それらをまとめるアグリゲータービジネスこそが主役になる。そうしたかたちも、十分にあり得ます。
NTTグループの組織形態は、実はそのイメージに近いですよね。NTT東西とドコモは土管で、NTTコミュニケーションズがそれらをアグリゲーターとしてまとめる。
服部 通信が社会インフラであることを考えれば、いずれはそうした方向へと進むでしょう。ユーザーがパイプを選ぶというのは、例えばスイカやパスモで、JRも地下鉄もバスも全部乗れるのと同じです。インフラ事業者がすべてを抱え込まなくてもビジネスが成り立つだけのトラフィックがあれば、それは可能です。
ただし、通信市場で今それを行えば、一部の端末メーカーやコンテンツプロバイダーだけが利益を得てネットワーク側は打撃しか受けません。社会インフラであるネットワークを蝕むだけであり、現時点ではビジネスモデルの優劣とは別の観点で論じるべきことでしょう。