――5G の産業用途開拓は、期待されたほどのスピード感がない。
伊藤 5G SAは始まったばかりで、ネットワークスライシングもまだという状況のため産業界が求める性能要件がをカバーし切れていない。低遅延や多接続を期待していたが、商用環境で提供されるのは、もう少し先だろう。
澤田 産業向けの2 つの特徴は、(大容量高速通信に比べて)標準化が遅かった。商用は2024 年ごろと見ている。
――5G SAの展開と、ネットワークスライシングの商用開始が待たれるところだが、ビジネス面での課題は。
伊藤 建機の遠隔操作等のB2Bで完結するもの、つまり、通信事業者がネットワークを提供して完了するものと、最終的にコンシューマーにサービス提供するB2B2Cは分けて考えないといけない。
前者は、実証で効果が確認できればいずれ商用環境で導入されていくだろう。ドローンによるインフラ点検のように4Gでも可能なものがあり、それを5Gで高度化するという流れができるので、広がっていくだろう。
一方、B2B2Cは実証が難しい。そのサービスをエンドユーザーが本当に求めているかが検証し切れていない。商用環境ができても、ニーズ検証というもう1つの壁を超えないと広がらない。
また、業種を正しく理解することも、産業用途を広げるには必須だ。それを通信事業者だけに任せていていいのかという問題がある。産業側が何もせず、5G 活用が広がらないことを“キャリアの責任”にしてしまうのは求めすぎだ。通信事業者とも連携しながら、自社業界固有の課題を解決する方法、デジタル化していく方向性を検討しなければならない。
この状況が続けば、先進的な企業が作ったソリューションが横展開されるのを待つしかない。その産業が取り残される恐れもある。
澤田 ネットワークだけでなく、デバイスやアプリケーションも一緒に考える必要がある。担い手はやはりサービスプロバイダーだ。通信方式は5G に限らず、ローカル5G やWi-Fi等も含めて適材適所に使う。どんなネットワークを使ってサービスを作っていくのかは、“サービスを作る人”がキャリアや産業界と一緒に検討していかないといけない。
野村総合研究所 ICTメディアコンサルティング部
シニアコンサルタントの伊藤大輝氏(左)と澤田和志氏
スライシングは“値決め”が鍵
――スライシングが実現すれば、ネットワーク提供の仕方も変わる。
澤田 ユースケースやサービスごとに性能が異なるネットワークを柔軟に使えることは非常に重要だ。
例えばゲーム向けなら、ゲーム会社がキャリアからネットワークを借りて一緒に販売するとか、複数のネットワークの選択肢からユーザーが選べるようにするなど、様々な形態が考えられる。伊藤 一番難しいのは値決めだ。遅延時間を保証したネットワークの価値が、月1000 円なのか3000 円なのか。この見極めが鍵になる。
これが、ユーザー企業ごとの相対契約で決まるかたちになってしまうと、スライシングのサービスがうまく広がらない。料金プランに入れるところまで持っていければスケールする。
澤田 モバイル網は今までベストエフォートだったが、品質に付加価値をつけて価格を決めることになる。“土管”と言われがちな通信が、ゲームチェンジできる可能性が出てくる一方、ユーザーがどこまで払うかの見極めが難しい。
伊藤 SA だけでは料金プランは変えられないだろう。スライシングが商用提供されるようになり、品質が競争要因とならなければならない。そうした状況になるタイミングは、2023 年中にはまだ出てこないと予想している。
(月刊テレコミュニケーション 2023年1月号より転載)