「フリーWi-Fiはあって当たり前。お店のトイレが清潔なら何も言われないが汚いと不満を言われるのと同様に、Wi-Fiがないと不満の声が出る」
NTTブロードバンドプラットフォーム(NTTBP) 企画総務部 企画部門 課長の山口由香氏は、あるフリーWi-Fiオーナーのこんな声を紹介する。フリーWi-Fiがインフラ化していることを端的に表す言葉だ。
NTTブロードバンドプラットフォーム 企画総務部 企画部門 課長 山口由香氏
その一方で、フリーWi-Fiはコロナ禍の影響を大きく受けた。インバウンド客の急減と人流の低下により、フリーWi-Fiスポットの設置数は2020年をピークに減少している。2021年から2022年にかけて、大手コンビニや鉄道事業者が相次いでフリーWi-Fiの提供を終了したことは記憶に新しい。
「国内のフリーWi-Fiの普及を支えてきたのは、モバイル通信事業者によるトラフィックのオフロード需要だ」と無線LANビジネス推進連絡会(Wi-Biz)会長の北條博史氏は説明する。モバイル通信をWi-Fiに逃がしてLTEの逼迫を避けるというメリットがあったため、フリーWi-Fiスポットの整備費用はキャリアとエリアオーナーが折半することが一般的だった。
ところが、5G基地局整備によりモバイル網のキャパシティは拡大し、Wi-Fiによるオフロードの必要性が薄れた。通信事業者はリソースを5Gエリアの拡大に振り向けるため、フリーWi-Fiは縮小するという判断になった。通信事業者がフリーWi-Fiを廃止すると、エリアオーナーは全額自己負担で維持するか、あるいは廃止するかの判断を迫られ、後者を選択したオーナーは少なくなかった。
他方、2022年10月に新型コロナの水際対策が緩和されて以来、インバウンド客はすでにコロナ前の水準に回復した。観光地が賑わいを取り戻すなか、訪日外国人はどのような通信手段を利用しているのだろうか。
旅行中の困りごととしてWi-Fi環境を挙げる訪日外国人は現在も多い。国内では東京五輪をターゲットに自治体、商業施設、公共交通機関などのエリアオーナーが整備に取り組んできたが、コロナ下の渡航規制の解除を待たずに資金難を理由に廃止されたフリーWi-Fiも少なくなく、不満のタネとなってしまっている。
NTTBPが運営するWebマガジン「Wi-Fiコラム」では2023年2月、国外旅行の経験のある外国人1416人に対し、渡航時の通信手段を調査し、その結果を公表している。その結果、利用経験が最も多かったのがフリーWi-Fiであり、SIMの購入・レンタルや国際ローミングなどを上回った。旅行者が滞在中に通信を利用する手段は多様化したが、フリーWi-Fiが第1の手段なのは変わらない。
災害対策にもフリーWi-Fiは依然重要だ。災害時にWi-Fiを開放する「00000JAPAN」は2023年5月から通信障害時にも発動されるようになった。不測の事態の代替手段として、フリーWi-Fiの必要性は減っていない。
キャリアのWi-Fiスポット数は減る一方、NTTBPが提供するフリーWi-Fi自動接続アプリ「Japan Wi-Fi auto-connect」に連携するSSID数は増えていると山口由香氏は話す(図表1)。アプリのデータからは、コロナ禍が明けてからWi-Fiスポットへの接続数も増加傾向にあることが分かっている。携帯電話の大容量プランの影響はそれほどみられず、コロナの5類感染症移行により人流が活発になったことに伴い、フリーWi-Fiの需要も回復したと考えられるという。「非接触の電子決済が普及し、都市部でもビルの地下など携帯電波の入りづらい店舗では、これを利用するためWi-Fiを復活させたところもある」(山口由香氏)と、コロナ前には存在しなかった需要も生まれている。
図表1 無料公衆Wi-Fiのアクセスポイント数とSSID数の推移
このように、フリーWi-Fiは漠然とした集客目的から、決済や電子チケット利用といった明確な用途を持つものに変化しつつある。その一方で、Wi-Fi設備の構築・維持コストをどう負担するかは、構築事業者、Wi-Fiオーナーともに試行錯誤の中にあることがうかがえる。