ミクシィがローカル5Gの商用利用を開始したのは2022年1月のこと。舞台は、千葉市が主催する自転車トラックトーナメント「PIST6 Championship」(PIST6)だ。
ミクシィはその映像制作・配信を手掛けており、レース会場(TIPSTAR DOME CHIBA)のトラック周辺に設置する定点カメラの映像伝送にローカル5Gを適用。会場内ビジョンへの投影や、競輪・オートレースのライブ動画・ネット投票サービス「TIPSTAR」の映像配信に利用している。
ローカル5Gを活用することで、配線が不要な可搬型定点カメラが使えるようになったが、これはローカル5G導入の手始めに過ぎない。本当の目的は、自転車に取り付けたカメラを取り付け、その映像を無線伝送する「車載映像中継」にあった(参考記事:ローカル5Gで競輪中継に革新を! ミクシィがオンボード映像の無線伝送に挑戦)。
ミクシィ 開発本部 CTO室 インフラグループの佐藤太一氏
バッテリーを積んでいて車体も大きい自動車レースに比べて、自転車レースの車載カメラには制約が多い。ミクシィ 開発本部 CTO室 インフラグループの佐藤太一氏によれば、「走者の目線でより臨場感のある映像を届けるために、バンク内から無線で複数同時に映像伝送する。それには、車載カメラについて小型・軽量、バッテリー搭載、かつ低遅延でエンコードできること」という課題をクリアする必要があった。
車載映像の無線伝送方式としてミクシィが最初に導入したのが、プライベートLTE(sXGP)とWi-Fiだ。小型・軽量のLTEスマートフォン「Unihertz Jelly2 Jp」を競技用自転車に取り付けて映像を撮影。ライブストリーミング用アプリのDejero LivePlusを使い、sXGPとWi-Fiを併用して会場内の映像創出サーバーへ車載映像を伝送した。だが、「伝送遅延が約0.9秒」(佐藤氏)と大きく、レース中継映像とのズレが発生。また、レースを行う6台の車載映像を送るには帯域が狭いこと、無線通信の安定性が低いことなどから満足する伝送品質は得られなかった。
「事業に必要なデバイスがないなら、作ればいい」
そこで開発を始めたのが、伝送方式にローカル5Gを採用した2代目の車載カメラだ。sXGPよりも広帯域かつ低遅延な無線伝送が可能で、かつ免許周波数帯を使うことでWi-Fiに比べて安定した通信を行うのが狙いだ。
ミクシィが自作した「ローカル5Gカメラ」
初代と決定的に違うのが、市販のスマホを利用するのではなく「MIXI製」であること。つまり、5Gカメラを自作したのだ。開発本部 本部長の吉野純平氏は「探したけれど、なかった。事業に必要なデバイスがないなら作る」と経緯を振り返る。
最大の難所となったのが、サイズだ。取り付ける位置はハンドル下部。小さめの5Gスマホでも、前輪タイヤと接触し、走行を妨げる危険がある。
競技用自転車のハンドル下部に取り付けた5Gカメラ
運用面での制約もある。約20分のレース中に使えればよいので電源容量は少なくて構わないが、「電源管理が煩雑になると困る。使いたいときにパッと急速充電できるのがよい」。必然的に充電回数が増えるので「1万回程度の充電に耐えるもの」が必要だった。
さらに、TIPSTARの映像配信では、屋内測位システム(Indoor Positioning System:IPS)で取得した走者の位置情報を中継映像と重ねて配信しているため、IPSと連動できることも条件となった。このIPSは、自転車に取り付けた位置情報タブが発する信号を、バンク外周に24個設置したロケーター(アンテナ)が受け取り、サーバーで演算することで測位するもの。測位誤差は1ミリ秒以内という高精度を誇る。
ミクシィ 開発本部 本部長の吉野純平氏
難所は他にもある。できるだけ早期に現場投入するためにテストサイクルを早く回す必要があり、かつ、量産を前提としていないためODMも使えない。吉野氏自身、「デバイス開発・構築は素人」であり、回路製造の経験と実績が乏しいなか、手探りで5Gカメラの設計・開発がスタートした。