単純に通信回線のみを提供するいわゆる「土管」のビジネスだけでは、通信キャリアはこの先の成長を見込めない――通信業界においてたびたび指摘されてきたこの命題は、5G時代を迎えてますます深刻化している。
目下の課題は3つ挙げられるだろう。1つは、法人向けビジネスやスマートファクトリー、スマートカーといった領域に代表される新たな収益源の創出だ。同時に、通信ビジネス自体もさらなるコスト効率化を図り、利益率を高めていくことも求められる。それでいて、安定した安心・安全なネットワークに対するニーズも一層高まっている。産業領域でのネットワーク活用が進む中、最近たびたび報じられた大規模な通信障害が発生すれば致命的だ。
このように、あれもこれもと求められているのが通信キャリアの現状だ。こうした要請に応え、かつ変化し続ける市場に対応するには、通信回線からオペレーション、その上のサービスやアプリケーションまでを1社で担う垂直統合型のビジネスモデルでは間に合わない部分が多い。ビジネスの方向性を決め、巨額の投資を行ってサービスインした頃には風向きが変わっていたり、一足早く思いもよらぬ競合が市場を制している恐れもある。
基盤はマイクロソフトに委ね、コスト削減や戦略分野に集中を
こうした中マイクロソフトでは、パブリッククラウド基盤を組み合わせて通信基盤の部分を肩代わりすることで、通信キャリアが柔軟なサービスを展開できる世界を実現し、ともに新たな市場を作り出そうとしている。
この戦略の中核にあるのが、2020年に発表した「Azure for Operators」だ。日本マイクロソフト エンタープライズ事業本部 通信メディア営業統括本部でインダストリーアドバイザーを務める大友太一朗氏は、「一言で言えば、通信ネットワークを構築している設備を仮想化したりコンテナ化したりして、Azureというパブリッククラウド上で動かすものです。クラウド基盤の部分をクラウドのプロであるマイクロソフトにお任せいただくことで、次世代の通信キャリアへの変革を支援していきます」と説明する。
日本マイクロソフト エンタープライズ事業本部 通信メディア営業統括本部
インダストリーアドバイザー 大友 太一朗氏
これまで通信基盤は、通信キャリアの施設内に専用ハードウェアを用いて構築し、トレーニングや経験を積んだ通信キャリアのオペレーターが動かすのが当たり前だった。特に日本市場ではそこが高い通信品質の源泉となってきたが、柔軟な変化が求められる時代には、すべてを通信キャリアが保有して運用する自前主義のビジネスモデルは、変化のスピードを損ねる要因ともなっている。
これに対しAzure for Operatorsは、マイクロソフトが買収したMetaswitch NetworksとAffirmed Networksという2社の技術を活かし、パブリッククラウド上のコンテナで大規模なネットワークを安定して運用できる仕組みを提供している。「基盤の構築や運用、開発をマイクロソフトに任せることで、通信キャリアはトータルの運用コストを削減するとともに、新たなビジネスの創出といった部分にリソースを集中できるようになります」（大友氏）
図表1 通信基盤をAzureに委ねることで、通信キャリアが抱えるさまざまな課題を解決する
（通信基盤をAzureというパブリッククラウドに委ねることで、通信キャリアが抱えるさまざまな課題を解決する）
すでに米AT＆Tがいち早くこの潮流を読み取り、5G通信ネットワークの基盤「Network Cloud」を米マイクロソフトに売却する、つまり基盤を手放す方針を発表した。マイクロソフトが継承する範囲にはインフラだけでなく、大規模ネットワークを安定して運用するためのオーケストレーションやセキュリティといったさまざまな技術に関する知的財産も含まれる。また同時に、クラウド基盤の開発・運用に携わるエンジニアもマイクロソフトが引き継ぐことで、通信キャリア向けにAzure上で安定した通信ネットワーク基盤の実現を図ろうとしており、要注目の動きといえるだろう。
