「5Gが商用化されれば、常設の遠隔制御基地を作って、日本全国の建機をコントロールすることも夢でなくなる」
5Gにこう期待を寄せるのは、大林組の技術研究所で上級主席技師を務める古屋弘氏だ。同社は今年2月、KDDIとNECと共同で、5Gを活用した建設機器(建機)の遠隔操縦の実証実験を行った。
5Gを活用した建機の遠隔操縦の実証実験の様子(埼玉県川越市の大林組東京機械工場)
大林組は、災害発生時の復旧作業の安全確保などを狙って、早くから建機の遠隔操縦に取り組んでおり、「雲仙普賢岳の噴火災害の復旧作業など、1992年頃から実際に活躍している」(古屋氏)。
2016年には、パワーシャベルの操縦席などに後付けできる汎用の遠隔操縦装置「サロゲート」を開発。従来の遠隔制御専用の建機と比較し、導入コストを大幅に引き下げることにも成功した。
建機の操縦席に後付けできる遠隔制御装置「サロゲート」
この低コスト化によって、遠隔操縦の利用シーンを大きく広げることが可能になったが、課題はまだあった。「オペレーターが建機に搭乗して操作する場合と比べ、遠隔操縦の作業効率は6割程度に低下する」(古屋氏)ことだ。
オペレーターは、建機やその周辺に設置したカメラが撮影した現場映像をディスプレイで見ながら遠隔操縦を行う。従来は1.2K画質の映像をWi-Fiで伝送しており、映像から得られる情報が限られることが、作業効率低下の1つの要因となっていた。
4K画質の3Dディスプレイに表示された立体映像を見ながら遠隔操縦を行う
高速大容量通信が特徴の5Gを使った今回の実験では、建機の前面に2台の4Kカメラを設置。3Dの高解像映像を見ながら作業できるようにした。さらに、周辺を監視する2K画質の全天球カメラ1台と俯瞰カメラ2台の計5台のカメラを設置しており、映像の伝送レートは200Mbpsに達している。
これにより、従来システムと比べて、作業効率は15~25%改善することが確認できたという。
5Gでどこでも遠隔操縦Wi-Fiではなく、5Gを活用するメリットは、映像品質の向上だけではない。大林組には、もう1つ大きな狙いがある。
Wi-Fiを用いる場合、中継機を設けるとしても、現場から2km以内に遠隔制御室を置く必要があった。しかし、5Gが全国展開されれば、建機の2km以内に遠隔制御室をする必要はなくなる。場所の制約が取り払われ、冒頭の発言の通り、常設の遠隔制御基地から全国の建機を集中制御できる可能性が出てくるのだ。
労働人口の減少に伴う人手不足、特に熟練工不足への対応は、建設業界にとって喫緊の課題の1つだ。通常の搭乗操作に加えて、コントローラーを介した操作にも習熟したオペレーターの数は多くない。5Gによる集中運用が実現すれば、人手不足を解消でき、工期短縮などの効果も期待できる。
災害現場だけでなく、危険を伴うビルの解体や粉塵の多い現場などの苦渋作業での活用も広がっていくだろう。「5Gが商用化されれば、すぐにでも使いたい」という古屋氏の言葉は、決して大げさなものではないのだ。
今後の課題となっているのは、搭乗操作の操作感に近づけることだ。現行のサロゲートのコントローラーは、ゲーム機のコントローラーに近いもので、「遊びがないなど、建機の操作感とは異なる」という。
操作レバーやペダルの手応え、ボディの振動は、建機を操縦する際に重要な要素であり、これらをリアルタイムにフィードバックする仕組みも求められる。今回の実験では、主として画像コーデックに起因する遅延が、エンド・ツー・エンドで約600ミリ秒生じた。
こうした課題が解消されると、特別な訓練を受けていないオペレーターでも、建機を遠隔操縦できるようになる。