通信事業者の国際的な業界団体・TM Forumは、ネットワークの自律化レベルをレベル0から5までの6段階で規定している。レベルが上がるほど、ネットワークが自ら判断し最適な対応を行えるが、世界の通信事業者の現在の平均はレベル2に満たず、完全自律のレベル5にはまだ遠いのが実情だ。
自律化がなかなか進まない理由の1つとして、コマーチ Senior Telco Consultantの小出泰雄氏は、AI活用に対する通信事業者ならではの懸念があると指摘する。「AIがどのようなデータに基づいて推論を実行し、またハルシネーションのリスクに対してどのような安全策を設けているのか──。この2つの懸念が払拭されていません」。極めて高い安定性が求められるネットワーク運用に全面的にAIを適用するためにはこの課題を乗り越える必要がある。

コマーチ(株)Senior Telco Consultant 小出 泰雄氏
通信事業者向けの基幹システムであるOSS/BSS(Operation Support System/Business Support System)をグローバル展開するコマーチは、アラート処理の自動化やAIエージェントの活用など、常に最新の技術を導入してきた。そして同社は次の段階として、今、特定条件下で自律運用を行うレベル4、さらに完全自律のレベル5を実現するOSSの開発を進めている。
「意味」を持つデータがAIの正しい推論を支える
コマーチのOSSが目指すのは、現実のネットワークの膨大なデータを整理してAIに参照させ、確実な自律運用を実現することだ。
具体的なアーキテクチャを図表1に示す。RAN(無線アクセスネットワーク)、トランスポート、コアネットワーク、NTN(非地上系ネットワーク)といった多様なネットワークについて、AIエージェントや言語モデルといった「AIブレイン」が判断や指示を行うが、その際に重要な役割を果たすのが「データファブリック」と「デジタルツイン」だ。
図表1 コマーチが考えるOSSの将来像

データファブリックとは、複数のシステムに分散したデータを、物理的な移動を伴わずに論理的に統合する仕組みを指す。コマーチのOSSではこの仕組みを活用し、サイロ化したネットワークや運用システムのデータを一元的に管理・参照する。さらに、集約したデータは段階的に加工され、KPIやメトリクス、集計値、機械学習用の特徴量など、AIが活用しやすいカタチへと整理される。「AIが正しく推論をするため、クレンジングしたデータをリアルタイムに提供することが役割です」(小出氏)
データファブリックで整理されたデータをもとに、デジタルツインで現実のネットワークを仮想的に再現する。コマーチはかねてからデジタルツインを障害対応やネットワーク変更の事前検証に利用してきたが、レベル4/5の自律化に向け、ネットワークの構成や関係性、制約条件といった「意味」まで取り込むよう、そのアーキテクチャを進化させている。その中核となるのがセマンティック・モデルと統合ナレッジグラフだ。セマンティック・モデルが機器・回線・ポートなどの意味や制約を定義する「辞書」、統合ナレッジグラフがその関係を機械がたどれる「地図」として機能する。さらに、無線、トランスポート、光など領域ごとのドメインナレッジグラフも構築する。
これにより、AIは確率論的な推測に頼るのではなく、ネットワークの構造と文脈をたどって論理的に判断できるようになる。例えばアラームが発生した際、その装置や回線がどのサービスに関係し、どの顧客に影響し得るかをグラフ構造からたどることができ、根本原因を論理的に絞り込むことが可能だ。
この仕組みは、ハルシネーション対策にもつながる。確率論的に動作するAIは、常に100%の正解を出せるわけではない。そこでコマーチのOSSは、AIの判断内容をそのままネットワークに適用しない。ナレッジグラフを参照して影響範囲を把握したうえでデジタルツイン上で検証し、誤った推論による実ネットワークへのリスクを抑える。
検証後の対応はインテントに基づくオーケストレーション機能に渡され、必要な処理に分解される。障害対応では、これをクローズドループ自動修復として実行する。その際、インベントリがリソースやポートの割り当て、ロックを管理し、複数処理の競合やネットワークの不整合を防ぐ。このように、AIの推論とOSSによる決定論的な実行制御を組み合わせることにより、自律運用の安全性を高められる。








