GNSS脆弱性への対策に 地上光網での時刻配信
AIインフラを含むデータセンターは新たな社会基盤として重要性を増している。安定運用の観点からも時刻同期技術の必要性は高まっていくはずだ。ただし、PTPもNTPも、ネットワーク内で時刻を配る仕組みにすぎない。その大元となる正確な「基準時刻」をどこから得るのかという問題が残る。
現状ほとんどの場合、基準時刻はGNSS(全球測位衛星システム)で取得している。だが、データセンターではその受信自体が最初の関門になる。
野崎氏が挙げるのは、物理的な制約だ。借用しているビルでは屋上にアンテナを設置する工事ができない。窓際に設置する手もあるが、衛星の見通しが方角に左右される。
仮にアンテナを立てられたとしても、今度はGNSS信号そのものが安全とは限らない。
鈴木氏は、近年のGNSSジャミングがいたずらや詐欺の規模を大きく超えていると指摘する。中東やウクライナ周辺では、対ドローン用のジャミングの影響でGNSS信号が受けにくくなり、モバイル無線機などにも影響し得る状況が生じている。回避しようがない、広域の電波環境問題になりつつあるということだ。
GNSSと同様、基準時刻として使われる原子時計の供給にも影響が及んでいる。
ジャミング下でも位置・時刻情報を維持するため、高性能な原子時計の需要が、ドローン兵器や装甲車両といった防衛用途で高まった結果、民生向け原子時計の価格上昇と納期の長期化を招いているという。ウクライナ侵攻の前と後では状況が一変し、ロシアからの調達という選択肢も失われた。国産の小型原子時計を開発する国家プロジェクトも立ち上がっているが、すぐに実を結ぶものではない。
時刻が壊れる前に切り替える
こうした状況のなか、ジャミングやスプーフィングといった脅威・攻撃から正確な時刻を守るための技術開発が進んでいる。
時刻同期システムにおいては、GNSS受信の妨害を受けた場合などに、バックアップの内蔵発振器へ時刻源を切り替える仕組みである「ホールドオーバー」によって、時刻ズレを起こさないように保護する。
このホールドオーバーに関して、画期的な新技術を導入したのが、古野電気だ。同社 システム機器事業部開発部 開発2課 主任技師の橋本邦彦氏によれば、「妨害を受けるとGNSSが算出する時刻精度は徐々に悪化し、その悪化した状態のまま切り替わるため、移行した時点の時刻がすでに悪い。そこで、攻撃や脅威を早期に検出し、時刻の算出結果が悪化する前にホールドオーバーへ移行する」。良好な状態でOCXO(恒温槽付水晶発振器)へバトンタッチすることで、正確な時刻をより長く維持できるという考え方だ。脅威が去れば、またGNSSへ復帰する。
同社は2026年11月に、この能動的ホールドオーバー機能を搭載したGNSS受信機の新シリーズをリリースする。
橋本氏は、重要インフラのGNSS依存を低減すべきという社会的な動きがある一方で、極端に長期の停止を想定して高価な代替手段へ全面移行するのではなく、合理的なコストでバックアップを持つことが重要だとの考えを示す。
GNSS受信の保護に加えて、継続的な監視・検証も含めたシステム全体の堅牢性も問われる。尾形氏は、単一のグランドマスターに依存した構成では、その障害が全体の同期崩れに直結すると指摘する。複数アンテナ、複数時刻源、冗長構成、そして継続的な監視・検知。2026年に米国ベルビューで開催されたWSTSでも、単なる高精度化よりも「レジリエントなタイミング」が重要なテーマになったという。高精度な時刻の生成、時刻源の保護、配信、そして監視・検証を一連のものとして整備する考え方が求められている。
日本は地上系の時刻網を持てるか
GNSSへの依存そのものを解消しようという取り組みもある。地上系のネットワークによる時刻配信だ。
鈴木氏によれば、最も進んでいるのが英国だ。NPL(国立物理学研究所)がタイミングセンターを設置し、衛星が使えなくなっても光ファイバー網で各産業に高精度な時刻同期情報を提供する体制を構築した。背景には金融の中心地シティ・オブ・ロンドンの存在がある。スウェーデンはさらに踏み込み、5Gサービスのローンチにあたって国が用意した光回線のバックアップを使うことを法令で義務付けている。
日本でも、NICT(情報通信研究機構)、JaNOG(Japan Network Operators’ Group)の参加者、そして時刻同期関連企業が、光ファイバー網を使って日本標準時をデータセンター集積地へ届ける構想の検討を進めている。「すでに実証実験で極めて良好な結果が出ている」(鈴木氏)
問題は、どう配るかだ。時刻を欲しがる事業者すべてに専用回線を引けば、膨大なコストがかかるうえ、配信者の運用負荷も増す。そこで浮上したのが、IX(インターネットエクスチェンジ)の発想を援用する案だ。すでに光回線が集まっているデータセンターを接続点とし、利用者にもそこへつなぎに来てもらう。
精度の目標設定も現実的だ。
UTC(協定世界時)とNICTが生成する日本標準時の差は5ナノ秒未満だが、衛星から受信して装置で時刻を出すと40ナノ秒程度になる。光ファイバーで伝送した結果がGNSS受信と同程度に収まる水準を目指している(図表4)。
図表4 GNSS代替・バックアップをめぐる各国の動き

検討に加わるのは、データセンター事業者、光ファイバーの提供事業者、タイミングベンダー、そしてNICT。総務省の9月の予算要求にはGNSS脆弱性対策に関する記述が盛り込まれたというが、所管や制度、運営主体は現段階ではいずれも未確定である。
今後、物理世界とサイバー世界を密に連携させる大規模CPS(サイバーフィジカルシステム)やフィジカルAIが普及すれば、社会の様々な場面でリアルタイム制御、時刻同期の必要性が高まる。GNSS脆弱性がもたらす被害のリスクも拡大する。とはいえ、必要とする事業者がそれぞれ自前で万全の対策を備えるのは技術的に難しく、コストも大きすぎる。
AI社会を動かす時計を、誰がどう作り、維持していくのか。議論の行方を注視しておきたい。
[月刊テレコミュニケーション 2026年11月号の記事を再構成]











