3.ERPの歴史が示す「ロボットSIer」時代の到来
Physical AIを支える通信インフラの深化が進む一方で、Physical AIを社会全体へ普及させるには「現場への実装」という巨大な壁を越える必要がある。
Physical AIは市場拡大に向けて、ロボットOSやAIモデル、ネットワークAPIなどのプラットフォーム整備が進められ、標準化も段階的に進んでいくと考えられる。これは、ロボットやAIを個別最適化して導入し続けると、開発・保守コストが増大し、産業全体の普及が進まないためである。
また、クラウド・AI・通信・ロボットといった複数レイヤーが相互接続されるため、インターフェースやデータ形式の標準化も進み、相互運用性を重視した設計が求められると予想される。このように、Physical AIにおいては個別開発よりも共通基盤と現場カスタマイズが組み合わされた構造が構築される可能性が高い。
しかし、製造や建設といったPhysical AIの活用現場は、業界毎の業務フローや安全基準、設備環境が大きく異なるため、プラットフォームにより差異を完全に吸収することは難しい。加えて、Physical AIは単なるソフトウェア導入ではなく、ロボットやセンサー、通信環境を含めた実空間への実装が必要となり、現場調整や保守、障害対応まで含めた「運用一体型」の導入能力が求められる。
そのため、従来のITに特化したSIerではソフトウェアの統合能力には長けているものの、Physical AI実装にあたっては課題を抱えているといえる。それは、OT統合の能力が不十分である点と、ハードウェアの知識が不足しているために実空間の運用責任者としての役割を果たしにくい点である。すなわち、導入や運用をSIerが担う現在の構造を引き継ぐ形では、技術自体は存在しても実装段階で手が止まる危険性が高い。
過去を振り返ると、「ERP(Enterprise Resource Planning)導入の歴史」が非常に大きな示唆を与えてくれる。かつて1990年代から2000年代にかけて、企業のITシステムは自社の業務に合わせた個別カスタマイズが中心であった。しかし、やがてSAPなどが提供する標準パッケージを導入し、自社の業務を世界のベストプラクティスに合わせるERP思考が拡大した。このERP時代において、システム導入と運用を強力に推進する役割として、業務改革と大規模システム統合に強みを持つSIerの存在が市場拡大に大きく貢献したのである。
Physical AIの時代においても同様の構造変化が起きると予想される。ただし、ERP時代におけるSAPシステムとは異なり、ロボットというハードウェアを様々な世界で動かすPhysical AIを全産業に対し同一パッケージとして導入することは不可能である。だからこそ、特定産業において深い業務理解とOTの実績を持つ企業が、現場で培ったベストプラクティスを蓄積し、他社へ横展開する役割を担うことが重要になる。ここで台頭すると考えられるのが「ロボットSIer」である。
このロボットSIerは、従来型SIerのようなIT統合能力だけではなく、ロボット制御、設備保守、AI運用といったOT領域まで包含する存在となる。また、単独企業で成立するというよりも、核となるプレイヤーを中心に、現場企業・デバイスメーカー・AI企業が役割分担しながら連携するエコシステムとして形成される可能性が高い。
例えば、安川電機のようにロボットハードウェアとAI・制御ソフトの統合を進める企業や、日立製作所のようにOT・IT・AIを一体で提供できる企業が、現場実装の中核を担うプレイヤーとして台頭していくと予想される(図表4)。
図表4 日立製作所によるITとOTを一体化させた循環モデル










