Physical AI時代の通信キャリア戦略 「通信インフラ」から現実世界の「神経網」へ

Physical AIの台頭により、通信業界は「コモディティ化」を超え、現実世界を制御する神経網へ進化できるかの岐路に立つ。日本が覇権を握るための戦略と、通信キャリアの役割を考察する。

2.「コモディティ化」の終焉

Physical AIが社会に広く普及し、あらゆる現場で稼働するようになると、それを下支えする通信インフラには極めて厳しい要求水準が課される。具体的な要件としては、ロボットの精密制御を遠隔から実行するための「超低遅延」、高解像度映像や膨大なセンサーデータを送る「大容量伝送」、生命に関わるようなミッションクリティカル用途に耐えうる「高信頼性」が挙げられる。また、従来のクラウド集中処理だけでは対応しにくいタスクに対し、基地局やデータセンター近傍に計算基盤を配置することで、AIの性能を最大化・最適化するためのMEC(Multi-access Edge Computing)の導入についても、通信キャリアが中心となり進めている。

Physical AIによるパラダイムシフトは、通信業界にとってバリューチェーン全体を再編する構造変化をもたらすと同時に、かつての失敗を払しょくする絶好の機会でもある。かつて携帯端末接続が通信のメインであった時代に、通信キャリアは通信回線提供やコンテンツ配信を一挙に担う主導プレイヤーとして君臨していた(図表2)。しかし、サービスの価値の源泉が「接続性」からクラウド上での「データ管理・分析」へと移行したIoT/M2Mの時代では、通信の価値がコモディティ化することで通信キャリアは回線を提供する「土管」へと転落し、価値創出の主体はSIerやSaaSプレイヤーへと移行した。

図表2 各サービスにおける主導プレイヤーの変遷

図表2 各サービスにおける主導プレイヤーの変遷

だが、Physical AI時代においては、この構造が変化する可能性がある。これは、Physical AI実現に必要となる通信要件の難化に伴い、高い品質を持った通信そのものが再び強力な差別化要因となるためである。

「コモディティ化からの逆転」を目指し、国内外の通信キャリアは独自の次世代通信基盤の構築に取り組んでいる。ソフトバンクは、AIアプリケーションとRAN(Radio Access Network)を同一のハードウェア基盤上で統合する「AI-RAN」コンセプトのもと、ロボットのAI処理と通信リソースを連携して動的に最適化する基盤を提供する。さらに、エリクソンとの連携により、ロボットのAI処理をMEC基盤へ動的にオフロードし、高度な判断・動作および効率的な運用を支える仕組みの実証も進めている。

また、Verizonは、リアルタイム推論需要の拡大を背景に、5Gネットワーク、エッジコンピューティング、NVIDIAらとのGPUリソース連携を統合したAI向けインフラ「AI Connect」を提供する。通信網そのものをAI実行基盤へと進化させ、ロボット制御や自律走行車などリアルタイム推論が求められるユースケースを支える設計となっている。

NTTは、Physical AIにおけるリアルタイム制御に向けて、光技術を核とする次世代通信基盤「IOWN」とGPU・電力管理を統合した、AIネイティブインフラ「AIOWN」を開発している。「APN(All-Photonics Network)」の活用により、計算基盤の分散だけでなく、遠距離でも低遅延な通信が可能になる。この特性を活かし、遠隔地のデータセンターを活用したAI処理やロボットアーム制御の実証を行っている(図表3)。さらに、ネットワーク内部にAI処理機能を組み込む「In-Network Computing」を用いた遠隔GPU連携の実証にも成功しており、6G時代のAI・ロボット活用に向けた通信基盤として位置づけられている。このように、各通信キャリアは、単なる回線提供者からの脱却を目指し、AIネイティブな通信基盤の構築を行っている。

図表3 NTTによるIOWN APNを用いた遠隔AI解析やロボット制御

図表3 NTTによるIOWN APNを用いた遠隔AI解析やロボット制御

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