金融・医療が主なユースケース
国内では、NICT(情報通信研究機構)が主導する量子暗号通信テストベッド「東京QKDネットワーク」が、産学官に開かれた実証環境として提供されている。2023年12月には、複数の金融機関同士を結ぶ「企業間量子暗号ネットワークテストベッド」の運用を開始。野村ホールディングス・みずほフィナンシャルグループ・TOPPANデジタル・大和証券グループ本社の4社が参画している。
金融業界では、株式取引データといった機密性の高い情報を扱うことから、QKDに熱視線が注がれている。この取り組みでも、企業間における機密データの送受信や分散保存などの実証が進められている。
医療・ヘルスケア領域からの期待も高まる。NECとZenmuTechは、都内の医療機関と高知市病院企業団立高知医療センターをQKDネットワークで接続し、約1万件に及ぶ電子カルテのサンプルデータを安全に共有することに成功している。
また、パーソナライズド医療などの基盤となるゲノムデータに注目が集まっているが、ゲノムデータはパスワードのように変更できず、一度流出すれば恒久的なリスクが伴う。個人のゲノム情報から血縁者の遺伝情報を推測できれば、家族のプライバシーが侵害されるおそれもある。こうした背景から、ゲノムデータの本格活用が進む時代においても、QKDは重要な役割を担うと考えられる。
既存の光ファイバー網を活用
ただ、QKDには、通信距離の制約という技術的課題も残る。光ファイバーを用いる場合、実用的な鍵配送距離は100~200kmに限られる。この解決策の1つが、複数のQKD装置を“数珠つなぎ”にして中継する方法だ。前述した北京ら4都市を結ぶ全長2000km超のQKDネットワークでは、この方式が採用されている。
衛星通信への期待も大きい。宇宙空間では光子の損失が極めて小さいため、配送距離を大きく伸ばせる。中国科学技術大学は今年5月、小型衛星「済南-1」を用い、北京-南アフリカ・ステレンボッシュをつなぐ約1万2900kmのQKDリンク実証に成功した。
国内では、昨年7月にJAXAの宇宙戦略基金事業「衛星量子暗号通信技術の開発・実証」の公募が開始され、NICTが研究代表機関として採択された。今年8月にはスカパーJSATが参画し、衛星管制システムの設計や打ち上げ候補機の検討などを担当する予定で、国内でも衛星量子暗号通信の動きが活発化しそうだ。
そしてもう1つ、QKD信号は非常に微弱で、データ用の光信号と同じ回線で伝送するとノイズが混入し、伝送距離が大幅に制限されてしまうという課題がある。そのため、これまではQKD信号は別回線で送る必要があった。つまり、QKD専用のネットワークを構築しなければならず、膨大なコストと工数がかかっていたのだ。
しかし、こうした課題は解決されつつある。東芝デジタルソリューションズとKDDI総合研究所は今年3月、QKD信号をC帯(1530~1565nm)に、光信号をO帯(1260~1360nm)に割り当て、1心の光ファイバーで多重伝送する技術実証を行った。
東芝デジタルソリューションズ フェローの佐藤英昭氏によれば、「O帯の光パワーを最適化し、C帯のQKD信号に影響が出ないように制御する」ことで、1心の光ファイバーでQKD信号と33.4Tbpsの光信号を80km伝送することに成功。従来のように両者をC帯で多重伝送する場合と比べ、伝送容量は約3倍、伝送性能指数(伝送容量と伝送距離の積)は約2.4倍向上したという(図表2)。
図表2 従来方式との伝送容量・伝送距離の比較との共存実験の構成

今年7月には、NEC・NICTと共同で、IOWN APN(オールフォトニクス・ネットワーク)を活用した実証成果を発表した。同実証では、APNの構成機器にNECの光伝送装置「Spectral Wave WXシリーズ」を活用し、C帯とL帯(1565~1625nm)に対応したROADMシステム(光信号の分岐・挿入を担う装置)を試験環境に構築。信号間の干渉を制御しながら、両帯域にわたって光信号と2種類のQKD信号を伝送した(図表3)。
図表3 QKDリンクと大容量光伝送システムとの共存実験の構成

結果、伝送距離は25kmと、KDDI総合研究所との実証に比べて短かったものの、47.2Tbpsに相当する光信号と2種類のQKD信号を同一のファイバー上で多重伝送することに成功。専用のダークファイバー等を敷設せずにQKD信号を伝送可能となり、コストを抑えながら、量子暗号通信を構築できる可能性が示された。











