東京大学大学院 工学系研究科 教授 中尾彰宏氏
――6Gへの関心と期待感が以前に比べて衰えているようにも見えます。5Gの収益化が思うように進んでいないことも影響していると思われますが、現状をどう見ていますか。
中尾 世界各国の投資額を見れば、6Gへの関心が衰えているということはありません。6Gの内容については、5Gと本質的に何が違うのかが問われるようになってきました。
6Gの特徴を理解するには、5Gの開始時点には存在しなかった新技術が普及する機運がいくつも出てきていていることに注目する必要があります。
例えば、NTN(非地上系ネットワーク)です。Starlinkのサービスが始まっていて、国内でもスマートフォンとの直接通信をKDDIが提供し始めました。AIの通信への適用も、5G商用化後に急速に発展した技術です。
最近では、通信電波を使って人やモノを検知するセンシング技術のISACもよく話題に上がります。
こうした技術的な注目点とは別に、6Gにはもう1つ重要なポイントがあります。通信事業者が5Gのマネタイズに苦労していることが、グローバルで問題視されています。
それを踏まえて、6Gはマネタイズのことをしっかりと考えたうえで方向性を議論すべきだという意見が増えてきました。私が共同代表を務めるXGモバイル推進フォーラム(XGMF)の活動において、6G IAやNext G Alliance(図表)と議論する際にも、そうした意見が必ず出てきます。
図表 日米欧の6G推進団体
標準化はマネタイズもセットで
――5Gの何が問題だったと考えますか。
中尾 標準化でオプションを広げすぎたことです。“使われるかもしれない”という判断から非常に多くの技術を導入した結果、多大な投資が必要になりましたが、ビジネスになっている技術は一部に過ぎません。
標準化の場には様々な技術が持ち込まれ、各国で優先順位を合わせてコモナリティ(共通部分)を商用化していくことになります。6Gでは、この共通部分について「本当にマネタイズできるのか」が問われることになるでしょう。
例えば、NTNやRIS、そして新たな周波数や既存周波数の共用などを使って6Gのカバレッジを拡張しようという考え方も、そのメリットは誰もが理解していますが、「それは通信事業として成り立つのか」までしっかりと議論したうえで6Gの標準化に取り入れようということです。
AIも同じです。AIは素晴らしい可能性を持っていますが、ネットワークの制御や運用にAIを活用するためのコストに対して、きちんとマネタイズできるのかという点はこれから検証していかなければなりません。
――6Gで同じ過ちを繰り返さないためには、標準化の方向性や議論の仕方を変える必要があるということですね。
中尾 これが、5Gで得た最も大きな教訓です。
4Gインフラをベースに5Gネットワークを展開するNSA(Non standalone)でスタートして、後でSA(Standalone)に移行するアーキテクチャは、導入の容易さや投資の段階的な実施という観点から一定の合理性があると考えられていました。つまり、移行の柔軟性を確保するために複数のオプションを用意したのですが、今となっては、NSAではネットワークスライシングや超低遅延など5Gの特徴が発揮できず、ユーザ体験やビジネスモデルの刷新という点で期待を下回ったという見方もあります。ベンダーも通信事業者も、各オプションに対応する機器開発・検証コストが膨らみ、導入の複雑化や市場投入の遅延につながったのです。
先ほど述べたISACやサブテラヘルツ帯などは、6Gの議論が始まった当初、期待する声が多く上がりました。しかし、最近ではそれらについても、本当にマネタイズできるのかが問われるようになってきています。
5Gの教訓から、6Gでは地に足をつけて、マネタイズできるストーリーが見えた技術、その価値がきちんと説明できる技術に投資していこうという動きが加速しているように思います。今後の6Gの標準化活動においては、「柔軟性の提供」と「実装の簡素化・収束性を見据えた収益性」のバランスを慎重に取る必要があり、業界全体での合意形成がますます重要になります。