[工場通信の基礎知識]通信技術の“選択と適応”がカギ

火花が散り、フォークリフトが行き交い、30年前の設備と最新のロボットが隣り合う。その空間に通信を組み込むとはどういうことか。製造現場の通信は、オフィスや商業施設のネットワークとは根本的に異なる論理で動いている。

製造業のデジタル化が加速する中、工場の通信インフラはものづくりの競争力に直結する基盤として見られるようになってきた。しかし、その導入・運用の実態は複雑である。

本稿では、工場通信の歴史的変遷から現在のトレンド、製造現場の特徴と通信要件、そしてそこにどう向き合うかを整理する。技術詳細や機器ガイドではなく、工場通信の全体像と設計思想を掴むことを目的としている。

工場通信の歴史

■フィールドバスの時代(1980~90年代)

製造現場の通信は1980年代から1990年代にかけて、フィールドバス系ネットワークの導入により普及した。PROFIBUS、DeviceNet、CC-Linkなど、一本の幹線ケーブルに複数のデバイスを接続するシリアル通信技術が次々と規格化され、配線量は大幅に削減された。一方で用途やベンダーごとに複数の方式が発展し、産業用機器メーカーは特定のフィールドバスに最適化した製品を開発した。「この設備を使うならこのフィールドバスを選ぶ」という関係が生まれた。この時代の工場通信はあくまで制御システムの話である。

■産業用イーサネットの登場(2000年代)

2000年代に入ると、オフィスに普及したイーサネット技術を工場に活用する動きが広がる。EtherCAT、PROFINET、EtherNet/IP、CC-Link IEといった産業用イーサネット規格が登場し、通信速度はフィールドバス時代の数百kbps~十数Mbpsから100Mbps~1Gbpsへと向上、制御データに加えて診断情報なども扱いやすくなった。イーサネットをベースにしたことでIT分野のネットワーク設計の知見を応用できる場面も増えた。PLCが集めた現場データをMESやERPへ渡すことも容易となり、制御層と情報層の間にあった技術的な壁は低くなった。この変化は後のIndustry 4.0やスマートファクトリーの土台となる。

一方でフィールドバス時代と似た構図も続いた。標準のイーサネットをそのまま産業用途に使うには制約があるため、各規格はそれぞれ独自の拡張を実装した。EtherNet/IPはUDP上にCIPプロトコルを載せ標準イーサネットとの親和性を保つ一方、EtherCATは各スレーブがフレームをリアルタイム処理する独自方式を採り、PROFINETはリアルタイム性の要求度に応じて複数のモードを使い分ける。設計思想が規格ごとに異なる以上、規格選定はどのメーカーの設備を採用するかという調達戦略と一体となった(図表1)。

図表1 FA 分野における産業用通信規格の新規ノード設置割合

図表1 FA 分野における産業用通信規格の新規ノード設置割合

■ IoTとスマートファクトリーと無線の浸透(2010年代~)

2010年代、Industry 4.0を皮切りに、製造業のデジタル化構想が世界各国で打ち出された。工場の通信ネットワークには、従来の「制御のための通信」に加えて「データ収集・分析のための通信」という役割が求められるようになった。

しかし、現実はそう簡単ではない。工場にはネットワークにつながっていない設備が大量に存在する。20~30年前に導入された設備は現代の通信規格に対応しておらず、データを吸い上げるだけでも相応の手間とコストがかかる。

こうした中で、無線通信が現実的な解として浸透し始めた。既存設備へのセンサー後付けに一つ一つ有線を敷設するのは現実的ではない。AGVやAMRといった移動体との通信は、有線方式も存在するものの自由度の高い走行パターンに対応するには実質的に無線が必要になる。多品種少量生産に伴うラインレイアウトの変更頻度が増す中、有線の再敷設コストも課題だ。2010年代半ばから無線が現場に入り始め、2020年代に入ると導入は本格化する(図表2・3)。環境モニタリング、電光表示盤やミス防止のための装置といった現場の通知・判定、画像検査による品質管理など、用途は拡大している。

図表2 工場における無線通信導入状況(n=389)

図表2 工場における無線通信導入状況(n=389)

図表3 製造業における無線導入率の推移

図表3 製造業における無線導入率の推移

■有線と無線のハイブリッド化

無線の浸透は有線の終焉を意味しない。マイクロ~ミリ秒単位の確定的な周期性が求められるモーション制御、機能安全規格への適合が必要なセーフティ通信などは、無線も規格上は存在するものの現段階での実用は困難であり、当面は有線が主役であり続ける。また、TSN(Time-Sensitive Networking)の標準化と実装も進んでおり、有線通信も進化の途上にある。

なお、フィールドバスから産業用イーサネットへの流れを「世代交代」と捉えがちだが、実態は置き換えよりも併存だ。特にプロセス産業ではHARTやFOUNDATION fieldbus が現役であり、工場の通信ネットワークは新旧の技術が層をなしている。

現在の工場通信の現実的な姿は、制御は有線、データ収集や監視は無線、移動体との通信も無線、というように用途ごとに有線と無線が役割を分担するハイブリッド構成だ。「有線から無線へ」の単純な置き換えではなく、それぞれの得意領域を活かして共存させるのが現在地である。

こうして工場の通信ネットワークは、有線の産業用イーサネット複数規格やフィールドバスに加え、Wi-Fi、LPWA、セルラーといった複数の無線技術が重なり合う、かつてない複雑さを持つようになった。この複雑なネットワークをどう構築・運用していくかが、次の課題になっている。

なお、見落とされがちなのが運用コストの構造だ。有線は初期の敷設コストが大きいが稼働後の運用負荷は低い。無線は敷設コストを抑えられる場合があるが、電波環境の変化への対応やチャネル再設計、障害時の原因特定といった継続的なコストが発生する。「有線は高い、無線は安い」ではなく、導入から廃止までのトータルコストで判断する視点が要る。

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