カスピ海を臨むコーカサスの要衝、アゼルバイジャンは、豊富な資源を背景とした飛躍的な経済発展のもと、国を挙げた急激なDX(デジタルトランスフォーメーション)が推進されている。筆者は、2年4ヶ月に及ぶ当地での生活を終えて帰国の途に就くにあたり、現地におけるICT市場の現実と、伝統的な「親日」の土壌がありながらも苦戦を強いられる日本ブランドの課題について、本記事で総括したい。
アゼルバイジャンは日本から約7500キロメートル離れたコーカサス地方に位置し、ロシア、イラン、トルコなどの大国に囲まれている。同国のICTインフラ市場において圧倒的なプレゼンスを示すのは、歴史的・経済的、あるいは言語的につながりの深いロシアや「兄弟国」トルコの企業である。
日本企業にとって、アゼルバイジャン市場への参入は単純な地理的距離や輸送コストの課題にとどまらず、これら周辺国が築き上げてきた強固な供給網や地政学的関係という「目に見えない高い壁」が障壁となっている。
しかし、このような厳しい競争環境にあっても、アゼルバイジャンにおける日本の存在感は決して小さくない。
親日国でもある同国では、年配層を中心に日本製品に対する憧れとその品質・技術に対する絶対的な信頼が今なお脈々と受け継がれている。地政学的・経済的なつながりが限られている中、今日我々が現地で温かい歓迎を受けられるのは、ひとえに高品質な製品を通じて日本への信頼を実直に築き上げてくれた先人たちの多大なる功績の賜物であることを忘れてはならない。
他方、現代のグローバルICT市場に目を向けると、日本製品の「高品質・高機能」は必ずしも市場の要求には応えていない。
かつて世界を席巻した日本製品は、他国製品を圧倒的に引き離す高い技術力を誇るものの、そのぶん価格も高価にならざるを得ない。それでいて、米国の某有名スマートフォンのようなステータス性や圧倒的な付加価値を伴う「唯一無二のブランド」として現地で認知されるには至っていないのが実情である。
これに対し、アゼルバイジャンの市民生活に最も深く溶け込んでいるブランドは、韓国のSamsungをはじめとするグローバルベンダーである。
彼らは一般市民、企業が日常的に使用するうえで必要十分なスペックを的確に突いた実用的な製品ラインナップを展開している。高価格帯のプレミアムブランドでもなく、信頼性に欠ける低価格製品でもない「中庸(ミドル)」の製品群が、購買力に応じた現実的な選択肢として現地の消費者の心を掴み、市場のシェアを大きく席巻している。
真のICT市場の発展には、先端技術の導入だけでなく、いかに自国の市場規模や経済水準に見合ったエコシステムを構築できるかが鍵となる。今夏からアゼルバイジャンを舞台としたテレビドラマ「VIVANT」も放映され、注目を集める中、アゼルバイジャンが今後どのような未来像を描くのか、一介の専門家として、またこの国を愛した一人として、その歩みを引き続き温かく注視していきたい。
[月刊テレコミュニケーション 2026年9月号の記事を再構成]