放送システムは、同軸ケーブルを用いたSDI(Serial Digital Interface)から、IPネットワークを活用するMoIP(Media over IP)へと急速に移行している。
大きな転換点となったのは、4K/8K画質への対応である。4K映像を伝送するのに、SDIでは複数本の同軸ケーブルが必要になる。取り回しの煩雑さや拡張性の限界が露呈した。また、2019年末からのコロナ禍でリモート制作のニーズが高まったことも、MoIP化のきっかけとなった。
ネットワンシステムズ(以下、ネットワン)が放送業界に本格参入したのも、まさにこの頃だ。当時を振り返り、「丸腰で行ったら、まったく知名度がなかった」と榎戸真哉氏は笑う。通信事業者やデータセンターの基盤を数多く手がけてきた同社も、放送業界では完全な“新参者”だった。
この状況は、裏を返せば放送業界がネットワークインフラを重要視してこなかったことの証左でもある。一方、ネットワンにとっても、放送という“事業に直結するIT”への挑戦は未知の領域だった。しかし、MoIP化は不可避の潮流であり、その基盤づくりに貢献できるという確信があった。

MoIP化とは、映像伝送に用いるケーブルをイーサネットに置き換えることだけではない。ネットワーク設計や冗長化方式、運用体制など、従来の放送システムと前提が異なる点は多岐に渡る。加えて、フレーム単位の精密な同期や、サイバー攻撃への対策も欠かせない(図表1)。
図表1 安全なMoIPインフラ設計 3つのポイント

商慣習も壁となった。スタジオやサブ単位で放送系SIerにシステム一式を丸ごと発注する文化があるため、機器ごとに最適なパートナーを選ぶという発想が乏しい。またライフサイクルは10~15年と、IT機器の5~7年に比べて長く、ITでは当然の保守契約が存在しないことも少なくなかった。調達を担うのはIT部門ではなく放送技術部門であるため、IPネットワークの概念に触れる機会も限られていた。
具体的な検討に入る前に、用語や概念の擦り合わせが必要だったことも苦労した点だという。しかし放送技術者は知識の共有に積極的で、系列や地域を越えた横のつながりも強い。ネットワンは、こうした文化を尊重しながら相互理解を深めていった。
ネットワンは、放送・映像機器の展示会「Inter BEE」への参加やパートナー企業との共同セミナーを継続。放送業界にネットワークを築くとともに、MoIP化に必要な技術・設計思想を広く共有していった。
そして2025年4月の「Media over IPコンソーシアム」立ち上げにも幹事社として参加し、リファレンスモデルの整備や仕様検討にも深く関与している。コンソーシアムは設立1年足らずで放送局、放送機器メーカー、ITベンダー、通信事業者ら60社超が参加する大規模コミュニティに成長した。
象徴的だったのが、2025年6月のインターネット技術の展示会「Interop Tokyo」で実施した「ShowNet Media over IP特別企画」である。会場内に構築されたネットワーク「ShowNet」基盤上にMoIP環境を構築し、放送局各社がIPネットワークを介して映像信号を相互に扱えるデモを実施した。放送局がIPネットワークの重要ユーザーになるという変化を強く印象づける取り組みとなった。