地政学リスクの高まりを背景に、「水中で使える無線通信」への期待が一段と強まっている。
沖電気工業(以下、OKI) 技術本部先行開発センター 海洋技術先行開発部 チームマネージャーの武田啓之氏は、「日本のように海に囲まれた国では、水中ロボットを整備し、海域の可視化に活用しようという動きが進みつつある。それを支える基盤技術として、水中無線を使いたいという要望が増えている」と話す。

島津製作所 産業機械事業部ジオサイエンス部 部長の西村直喜氏は、「水中無線の需要が大きいのは、防衛・資源探査・科学技術の3領域。ここ数年でニーズは衰えておらず、むしろ拡大傾向にある」と語る。

水質・生態系の監視や海洋資源の調査、養殖場のモニタリングなど、水中無線のユースケースは多岐にわたる。防衛・軍事ニーズを起点に研究開発が本格化した水中無線だが、今や幅広い分野を下支えする存在として注目度が高まっている。
では、水中の“ワイヤレス化”にはどんなメリットがあるのだろうか。例えば、海底構造物の点検・計測などの用途では、AUV(自律型水中ロボット)と比べて比較的安価なROV(遠隔操作型水中ロボット)が現在広く用いられている。ROVは、母船等と接続されたテザーケーブルで電力供給や制御を行うのが一般的だ。
しかし、有線ではAUVの行動範囲が制約されるほか、海底構造物などにケーブルが引っかかるリスクも避けられない。水中無線を用いれば、ケーブルの取り回しを気にする必要がなくなり、水中ロボットの機動性も大きく向上するだろう。
水中無線の種類は、大きく分けて「光」「電波」「音」の3方式があるが、近年はとりわけ水中光無線と水中音響通信の研究開発・実証が活発だ。両方式の特徴について見ていこう。
レーザーや発光ダイオード(LED)などを用いる水中光無線は、数十Mbpsから数Gbps級という高速通信を実現できる点が大きな特徴だ(水中音響通信は数kbps~数Mbps程度)。後述する京セラが研究開発を進める水中光無線は、最大5.2Gbpsの通信速度を誇る。
その反面、水中光無線は指向性が高く、送受信機の精密な位置合わせが必要で、海中の遮蔽物の影響を受けやすいという弱点を抱える。ただ、ビーム幅が狭いため、全方位に信号が伝播しやすい水中音響通信と比べると、通信の秘匿性を確保しやすいという強みも持つ。
一方、水中音響通信は長距離伝送を得意とする。水中光無線が数~数十m程度の通信に制限されるのに対し、水中音響通信は数~数十kmにわたる通信が可能だ。海況や天候によって変化する水の濁度の影響を受けにくい点も特徴の1つである。
セキュリティ上の懸念についても、「陸上通信で用いられている暗号技術の適用や、信号を広帯域に薄く拡散してノイズと識別しにくくするスペクトル拡散技術、生物の鳴き声に擬態して信号をカモフラージュする技術などの研究開発が進んでいる」(武田氏)という。
図表 水中音響通信・水中光通信の特徴
