世界中の放送業界で、IPネットワークを活用したシステムへの移行が加速している。従来、同軸ケーブルを用いたSDI(Serial Digital Interface)が、放送の安定性と信頼性を支えてきたが、IPの柔軟性や拡張性の高さが、その座を揺るがし始めている。
IP化が進展する最初の契機は、高画質化だった。4K/8K映像を効率的に伝送する手段として、IPの活用が検討されだした。国内において検討が本格化したのは、東京五輪に向け4K放送の実用化への取り組みが進んでいた2016年ごろ。長く放送業界に携わり、現在ファーウェイ・ジャパン 法人ビジネス事業本部 メディア事業部 部長を務める池田俊樹氏は、当時を「SDIか、MoIP(Media over IP)かの議論があった」と振り返る。
SDIで4K/8K映像を伝送するために、「6G-SDI」「12G-SDI」などの上位規格が開発された。これらは従来規格より少ないケーブルで高精細映像を伝送することができるが、高価な専用設備が必要という課題がある。同軸ケーブルを用いるため、伝送距離は100メートル以内に制限されることも弱点だ。
そこで、汎用的なネットワーク機器と光ファイバーを利用して、高画質映像を伝送するMoIPへの注目が高まった。池田氏は、毎年11月に開催される映像業界の展示会「Inter BEE」内のIP伝送企画展示「IP PAVILION」の技術ディレクターを務めるなど、「MoIPの盛り上げ役」を買って出た。
そして現在、IP化の目的は地上波制作の効率化へと広がっている。
国内には約130局の地上波テレビ局があるが、その大半を占めるローカル局の予算規模、人的リソースの制約は特に厳しさを増している。汎用機器の利用やケーブルの削減によるコスト改善が見込める放送システムIP化への期待が大きいことに加え、競合ベンダーと比較した価格優位性が評価され、2024年12月現在、東名阪の放送局を含むのべ30局以上がファーウェイ製品を導入しているという。
ファーウェイはスイッチを中心としたネットワーク機器を「次世代Media over IPソリューション」として各国の放送業界に提供している(図表)。IPの特徴である高い拡張性による事実上無制限の伝送距離に加え、AIを活用した障害予測・検知機能も備え、放送局の業務効率化に貢献している。
図表 放送システムのIP移行を支えるファーウェイ製品
10年ほど前、放送業界ではファーウェイ製品の品質をいぶかる声も少なくなかったというが、なぜこのように急成長したのか。その背景には、巨大な中国市場の存在がある。
中国は国策として、日本に先んじて放送システムのIP化を進めた。ファーウェイは全土の放送局に対してネットワーク含む、IT機器を提供。広大な国土で多くの事例を重ねたことが、性能のブラッシュアップをもたらした。
磨かれた性能の1つが、時刻同期を実現するための技術であるPTP(Precision Time Protocol)の品質だ。
放送は映像切り替えタイミングをフレーム単位で正確に同期することが求められ、わずかなズレでも放送事故として扱われる。SDIではBB(Black Burst)信号と呼ばれる仕組みでそれを実現しているが、IPネットワークで同等のタイミング同期を行うためにPTPを利用する。
揺らぎ(ジッター)を最低限に抑え、複数のカメラの映像でも完璧に同期を取るのがPTPの役割だが、「PTP技術は専門性が高く、詳しい知識を持つエンジニアは少ない」。
そこで頼りになるのが、ファーウェイのワールドワイドなサービス体制だ。「当社製品のPTPは中国市場で山ほど使われている」ので、トラブルの事例や発生原因なども熟知している。
池田氏によれば、IP伝送におけるトラブルの半分がPTPに起因するものであるという。しかし「ファーウェイ製品のPTPが問題になったことはありません」と池田氏は胸を張る。製品自体が高性能なことに加え、PTPを理解しているエンジニアを多く擁するサポート体制があるからだ。
池田氏は言う。「高いミッションクリティカル性、PTP、マルチキャスト(1対他の通信方式)という、放送業界で求められる要件の組み合わせは一般的なエンジニアには馴染みがありません。豊富な案件を持つファーウェイは、こうした要件の経験・知識を持つエンジニアが多くいることが強みです」。中国拠点のエンジニアは、日本からの問い合わせにもすぐさま原因を特定し解決策を示してくれるという。
IP化が進展しているとはいえ、放送クオリティの担保やトラブル対応への放送局の不安が払拭しきっているわけではない。ファーウェイは総合力で放送局に向き合い、IP化を後押しする。