近年、海底通信ケーブルを狙った攻撃が相次いでいる。昨年10月19日には仏南部マルセイユ付近、その翌日にはスコットランド・シェトランド諸島周辺の海底通信ケーブルが切断された。欧州不安定化を狙ったロシアによる攻撃の可能性が指摘されている。
もちろん戦地ウクライナでも、通信インフラは最重要の攻撃対象となっており、ロシアは携帯電話基地局への爆撃も行っている。「情報を遮断し、ロシア側の一方的なプロパンガンダを発信することで情報工作をしようとしている」。大阪経済法科大学 教授の矢野哲也氏はロシアの狙いをこう語る。ロシア・ウクライナ戦争をめぐっては、大量の偽情報がSNSに投稿されている。
今年2月上旬に台湾本島と離島・馬祖島を結ぶ海底通信ケーブルが切断された事故も記憶に新しい。台湾当局によると、切断された時間帯に通過した船舶の情報から、中国籍の漁船・貨物船が関わった可能性が高いという。「台湾は本島と離島からなる島国だ。海底通信ケーブルが切断されると、世界から孤立してしまう」と、矢野氏は警鐘を鳴らす。
日本も他人事ではない。台湾の海底通信ケーブルは、日本ともつながっている。また、日本を介して欧米までケーブルが伸びている。このケーブルが切断された場合、日本経済にも甚大な影響が及ぶことは間違いないだろう。
こういったリスクを踏まえ、今年5月に広島で開催されたG7サミットの首脳コミュニケでは、海底通信ケーブルの強靭性向上に関する文言が声明に記載された。今後、日本政府主導でのケーブル強化に向けた取り組みの加速が期待されるが、矢野氏は海外と日本の“温度差”を指摘する。例えば英国では、海底通信ケーブル保護のためのマルチロール監視船の建造を進めている。リシ・スナク現首相も議員時代、海底通信ケーブルの重要性について記したレポートを発表している。
一方、日本は「内閣に設置された総合海洋政策本部や防衛省、海上保安庁などあらゆる機関の資料をあたってみても、海底通信ケーブルの防護については謳われていない」(矢野氏)。
矢野氏によると、海底通信ケーブル敷設に向けた中国の動きが激化しているという。海底通信ケーブル市場のグローバルシェアの約9割は、米サブコム、仏アルカテル・サブマリン・ネットワークス(ASN)、NECの3社が現在握っているが、その中に中国が割って入ろうとしているというのだ。現に中国企業がアフリカ諸国などの新興国に対し、デジタルインフラ建設に向けた支援を行っているが、「自国企業が開発した海底通信ケーブル・ネットワーク機器は細工がしやすい」と矢野氏。ケーブルから漏れる信号の盗聴に加え、終端装置であるネットワーク機器からデータを盗み見る手口も一般化している。