ソフトバンクは2026年10月1日、モバイル事業20周年に合わせて記者説明会を開催した。
同社がモバイル事業に参入したのは2006年のこと。同年3月にボーダフォン日本法人の買収を発表し、10月1日に社名を「ソフトバンクモバイル株式会社」へ変更。サービスブランドも同日から「SoftBank」に切り替えた。

説明に立ったのは、モバイルネットワーク本部 本部長の長野哲也氏だ。2000年にJ-フォン東京(現ソフトバンク)に入社し、無線エンジニアとしてキャリアをスタートさせた。

ソフトバンクのモバイル参入に向けた動きは、2006年以前にさかのぼる。2004年に800MHz帯獲得に名乗りを上げたものの、「残念ながら割当には至らず、その翌年の2005年に1.7GHz帯の割当を受けた」。
当初はゼロから基地局を建設する予定だったが、2006年に「大きな決断をした」。前述のボーダフォン買収だ。買収金額は約1.7兆円。ボーダフォンのネットワーク設備と1500万超のユーザーを引き継ぐ形で、ソフトバンクのモバイル事業への挑戦が始まったが、すぐに困難に直面する。
当時はプラチナバンドを持たず、周波数は1.5GHz帯と2.1GHz帯の計60MHzのみ。「基地局数も2万局で、現在の35万局超の5%程度に過ぎなかった」という。

2008年には国内で初めてiPhoneの取り扱いを開始し、勢いに乗る。だが、その一方で「ネットワークの負荷も一気に高まった」。プラチナバンドがなく、「元々つながらないと言われてきた。ネットワークのメンバーとしては、ここが大きなチャレンジの場面になった」と長野氏は語った。
そこで2010年3月に打ち出したのが「電波改善宣言」である。
「基地局倍増計画ということで、2010年に6万局だった基地局を次の年には倍増させて12万局にした。また、Wi-Fiも無料提供ということで、様々な場所にばらまき、ピーク時には約46万スポットまで拡大した」

2012年3月には、ついに念願のプラチナバンド、900MHz帯を獲得。サービス開始から9カ月で2万局を全国展開し、エリアカバレッジを大きく改善した。「最も大変だった時期は、電波改善宣言からプラチナバンドを得るまでの間。非常に厳しい状態が続いた」と長野氏は振り返った。