次世代ワイヤレス技術の実用化ロードマップとインパクト[第5回]【ワイヤレス電源供給】共鳴の原理で2m先に電力送信

電力もコードレスで供給できたら――そんな夢の技術の実用化が目前に迫っている。実用化に一番近いのは携帯電話だ。

実は、無線で電力を送る「ワイヤレス電源供給」は、さまざまな製品でもう実用化済みの技術だ。

例えば、電動歯ブラシ、電動シェーバーなどの水周り電化製品やコードレス電話の充電方法として広く採用されているのが、非接触電力伝送とも呼ばれるワイヤレス電源供給技術。また、FeliCaなど、電池を搭載しないパッシブ型RFIDもタグリーダーから発せられた電波を電力に替えて動作している。このようにワイヤレス電源供給は、すでに我々の生活の身近に存在している。

ただ、非接触電力伝送で送電できる距離はわずかに数mm程度。パッシブタグで使われている技術はもっと距離を出せるが、その代わりに電力の利用効率が非常に低く、家電などを動かすには向かない。

映像や音声、データを手軽にワイヤレスで飛ばせるようになった今、デジタル機器に残った“最後のコード”が電源ケーブルだ。「電力も同じように飛ばせたら」と考えた人は多いと思うが、残念ながら“夢の技術”にとどまってきた。

ところが、この夢が急に現実味を帯びてきている。マサチューセッツ工科大学(MIT)が2007年6月、2m離れた60W電球を点灯させることに成功したと発表したからだ。続いて08年8月、MITの理論を基に研究開発を進めていたインテルも同社のイベントで、2m離れた60Wの電球を点灯させるデモを披露。さらにクアルコムも09年2月、バルセロナで開かれた「Mobile World Congress 2009」で、「eZone」という技術のデモを行った。これは、トレイ型の充電器から携帯電話端末を20~30cm離しても給電できるというもので、同時に複数台でも充電できる。

インテル ワイヤレス電力供給技術
2008年8月21日、インテルはサンフランシスコで開いた「Intel Developer Forum Fall 2008」において、電場・磁場共鳴型のワイヤレス電力供給技術を使って、60Wの電力を発生させることに成功した

「数年後には、実用化される可能性があるのではないか」。総務省・電波政策懇談会・電波利用システム将来像検討部会の構成員で、ワイヤレス電源供給についてプレゼンした東芝研究開発センター・モバイル通信ラボラトリー研究主幹の庄木裕樹氏はこう見通す。

コップを割るオペラ歌手

ワイヤレス電源供給には主に3つの方式がある(図表)。

図表 3タイプあるワイヤレス電源供給の方式(クリックで拡大)
図表 3タイプあるワイヤレス電源供給の方式

コードレス電話などに使われているのは「電磁誘導型」だ。これは隣接した2つのコイルの片方に電流を流し、それで発生した磁束を媒介にもう片方のコイルに電力が生じるという仕組み。電力効率は高いが、コイルの大きさに対してコイル間の距離を非常に短くする必要がある。また、2つのコイルの位置が少しずれても送電できない。コードレス電話などの充電器がカチッとずれないようになっているのは、このためだ。

次の「電場・磁場共鳴型」は、同一の固有振動数を持った物体間でエネルギーが伝達される共鳴という自然現象を利用したもの。よく訓練されたオペラ歌手は声でコップを割ることができるが、これと同じ原理だ。オペラ歌手は音で振動エネルギーを伝えたが、同方式ではコイルを共振器として使い、電場または磁場の共鳴により電力を伝送する。

最後の「電波受信型」は、送信した電波を受信側で電力に変換する方式。3つの中では長距離伝送に最も適しているが、利用効率が非常に低く、家電など消費電力の大きい機器向けに実用化するには、大幅な利用効率の向上が必要となる。

MITとインテル、クアルコムが研究開発を進めているのは、電場・磁場共鳴型だ。数十cmを超える送電距離を実現でき、利用効率も実用的なレベル。また、固有振動数が同一の機器でしか共鳴は発生しないため、目的の機器だけに送電できるなどのメリットを持つことから、屋内デジタル機器向けワイヤレス電源供給技術の最右翼となっている。

課題はコイルサイズ

前述の通り、MITとインテルは60Wの電球を点灯させることにすでに成功している。60Wとは標準的なノートPCの消費電力を上回る電力だが、実用化に際してまず課題となるのがコイルサイズだ。MITの実験で使われたコイルは直径60cmほどと、ノートPCに入れるのはちょっと無理な大きさ。小型化が今後の技術開発のカギとなるが、コイルサイズと電力および送信距離は比例関係にあり、それにも限界がある。そこで、「壁掛けテレビは大きいコイルが入るが、消費電力も大きい。携帯電話は消費電力は低いが、コイルは小さくないといけない。こうした要求にミートするものを出せるかどうかがポイントの1つ」と東芝研究開発センター・モバイル通信ラボラトリー室長の向井学氏は話す。では、最初に実用化のハードルをクリアするのは、どの用途か。庄木氏と向井氏は「電力的には、小さい方がハードルは低いだろう」と見る。例えば、クアルコムのeZoneのような携帯電話向けだ。

インテルのジャスティン・ラトナーCTOは、「モバイル機器からすべてのコードを無くしたいと考えている」と語っている。インテルが目指すのは、ノートPCや携帯電話などを持って部屋の中に入ると、何もしなくてもバッテリーが充電されていく世界だ。また、テレビなどのAV機器に搭載されれば、電源の場所に左右されない自由な配置とケーブルレスの美しい見た目が実現できる。さらに、ワイヤレスロボットや電気自動車などへの給電方法としても、この電場・磁場共鳴型は期待されている。

ワイヤレス電力供給の研究の歴史は古く、およそ100年前、トーマス・エディソンやニコラ・テスラも電力を無線で飛ばそうと夢見た。この長年の夢がかなう日は間もなくやってくる。

第1回「【コグニティブ無線】電波利用のムダなくす、ホワイトスペース活用のコア技術」
第2回「【ボディエリアネットワーク】健康状態を遠隔から常時見守り 体内に埋め込むインプラント型も」
第3回「通信技術の活用で「ぶつからないクルマ」を実現」
第4回「五感情報を無線で伝える「ワイヤレス臨場感通信」へ

月刊テレコミュニケーション2009年8月号から転載(記事の内容は雑誌掲載当時のもので、現在では異なる場合があります)

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