モバイルビジネスの打ち手


 このように土管化が懸念される環境変化のなかでのモバイル通信事業者の打ち手には、大きく分けて以下の2つの選択があります。

(1)徹底して価格で交戦する
(2)新しい環境にあった付加価値で差別化する

そして、後者を選ぶのであれば、

(2-a)付加価値をモバイルデバイスの機能により提供する
(2-b)クラウド側で付加価値を提供する

という選択肢があり、ここの軸足の置きかたによって各社の戦略に違いがでてきます(図2)。

図2 土管化(ビットパイプ化)が懸念される場合のモバイルビジネスの打ち手

図2 土管化(ビットパイプ化)が懸念される場合のモバイルビジネスの打ち手

価格で対抗するためには「ローコスト」の事業運営


 まずは価格で交戦し、競争相手を疲弊させたうえで、最終的に寡占市場として暗黙の価格協調に至るという戦略を選ぶのであれば、「ローコスト」で事業運営をすることは不可欠です。日本の人口が減少する一方で、既に携帯の加入台数は1億を超えています。一人が電話に便利な携帯電話端末、インターネットアクセスに便利なスマートフォンやタブレット、持ち運び可能なPC用のデータ通信デバイスなどを複数台所有することや、複数台所有した場合には割引するなどの販売促進施策も予想され、引き続き加入台数増が期待はできますが、マクロでみれば新規獲得コストや、加入者増のための設備投資は低減してゆくのでしょう。

 しかし、市場規模を拡大するためには人間の数や時間の制約により利用回数を増やすことが難しい電話(音声通信)と異なり、データ通信は無限に増加する可能性を秘めているため、各社ともに一人当たりのデータ利用量(料)を増加させる施策に力を入れることになります。このように「ローコスト」で事業運営をしながらも、膨大なデータ量を扱うことを実現するためには、連載第2回目でご紹介したHyperScaleや、連載第3回目にご紹介したGoogleやAmazonなどが利用するBig Dataのソフトウェア技術を使い、低価格で汎用的な「コモディティハードウェア(量産され一般ユーザーが利用するクラスのコンピュータ)」を分散、並列配置して、データの複製(レプリカ)を、複数のサーバーに格納しておくことで、信頼性を保ちながらコストを低減させることが重要な打ち手になるはずです。

価格以外の勝負に持ち込むために、デバイスを多機能、高機能化


 一方、マルチデバイスという環境にはありますが、モバイルデバイスに豊富な新機能を他社に先駆けて搭載することで自社ブランドの魅力を高め、ユーザーを獲得、維持するのが日本型ビジネスモデルとしての正攻法です。

 ただし、これからのモバイルデバイスの主戦場となるスマートフォンを取り巻く環境は、すでにグローバル化しています。iPhoneは世界中で1千万台以上製造販売しており、すでに規模の経済が充分に働いているため圧倒的に低い製造コスト=卸売価格に至っているはずです。そのため、グローバル展開を視野にいれず国内需要のためだけに多機能化を進めると、その開発コスト回収はベンダにとっても、モバイル事業者にとっても重い負担となります。また、ユーザーのニーズに合わない場合には、多機能であるにもかかわらず、インターネットアクセスだけにしか利用されないということにもなりかねません。

 また、スマートフォン同士に留まらず、日本が世界に先駆け提供したフェリカによるモバイル決済なども競争の波にさらされます。「Google携帯やiPhoneはNFC(Near Fields Communications)を搭載し提供」と報じられているように、今後はこういった流通や販売、決済、回収などを含むグローバルなエコシステム同士の戦いも始まります。この戦いでは、販売流通の仕組みを1社で提供する垂直統合モデルで臨むのか、それとも第3者と組んだオープンモデルで臨むのか、さらには誰と組むのか、といった新たな競争軸も視野に入れる必要があります。そして、アプリケーションやサービスをネットワーク側で提供するクラウドとの連携が、ますます求められるようになります。

モバイルクラウドの分野に打ってでる


 「日本のモバイルビジネスが自らクラウドの分野に打ってでる」。クラウドの分野は米国勢が大きく先行していますが、そんなアイデアに日本勢がチャレンジする価値と勝算はあると思います。技術革新やIP化により、従来型の交換機を利用する割合が低下し、ネットワーク設備が小型化することにより、特にネットワークセンターには余剰スペースが生まれます。この電力設備、空調設備が整備され、伝送路も高信頼性が確保されている余剰スペースをクラウドのデータセンターとして活用しない手はありません。

 また、携帯通信事業者は、携帯電話番号とそれに紐づくユーザーデータを有し、課金、請求、回収を行う堅固なプラットフォームを維持運営しています。GoogleがユーザーIDをGmailのメールアカウントに統合して広告ビジネスを展開しているように、モバイル通信事業者が、電話番号やメールアドレス、顧客ID、アカウントにより、複数のネットワークやプラットフォームに散在したすべてのデータを一つのIDに統合し、その行動や利用履歴をリアルタイムに近く把握することで新しいビジネスに活用すべきです。もちろん、個人情報の保護などに十分留意する必要がありますが、通信事業者は電気通信事業法による規制を受けており、これらの情報を取り扱う資格・要件を備えています。図3に、Geminiが欧米で提案しているログ処理システムの事例を紹介します。このシステムは、オープンソースソフトウェアであるCassandraにおいて、HadoopのツールであるFlumeを組み合わせて活用し、複数のネットワークのログを統合処理して格納(ストレージ)することを可能にするものです。

図3 Geminiが提案するログ管理システムの事例
オープンソースソフトウェアであるCassandra、Flumeにより、複数のネットワークのログを統合処理して、格納(ストレージ)する

図3 Geminiが提案するログ管理システムの事例

注:Flumeは、Hadoopのツールであり、大量のログの収集を効率的に行うためのオープンソースソフトウェア。Geminiは、このFlumeをCassandraで利用できるソフトウェアを開発


 そして、今は音楽や動画などをモバイルデバイスにダウンロードして楽しむことが主流ですが、場所や状況にあったネットワークを利用し、デバイスを問わずクラウド側からそれらの音楽や動画をストリーミングして楽しむことや、ユーザーのモバイルデバイスにあるアドレス帳や、写真、メールなどの一生分の記録であるライフログをクラウドに格納(ストレージ)しておけるという利便性は、新たな価値をもたらすはずです。

 ライフログに関していえば、それがインターネットに格納(ストレージ)されていようが、通信事業者側にあろうが、いつでも、どこでも便利に利用できれば同じという考え方もあるでしょう。しかし、仮に米国のクラウドに自分のライフログのすべてがあり、統計的とはいえ、自分の履歴がそこでビジネスに活用され、さらには、「米国愛国者法」に基づき、アクセスが凍結されたり、内容を調査されたりする可能性を秘めているというのは、気分の良いものではないと思い始めるユーザーも増えてくるはずです。また、本当は日本のクラウドを利用したいけれども、魅力的なサービスが無いために米国のクラウドを使い続けているというユーザーも多いはずです。そのため、1億もの加入者へのアクセスを有し、高い信頼性を有するモバイル通信事業者こそが、モバイルクラウドの分野を先導し、多くのユーザーが安心して利用できる環境を整えるという使命もあると考えています。

打ち手の実現のためにはBig Dataの技術が不可欠


 以上のようにモバイルビジネスは今後、Big Dataを構造的に抱えながらTwitterを始めとするSNSが新たなデータを生み出し、スマートフォンやM2Mなど新たなデバイスが加わってマルチデバイス化します。さらに、固定網やMVNOなどを巻き込んでマルチネットワーク化へと向い、「Big Dataとの戦い」がますます本格的なものとなることは必至です。

 このような環境のなかで、モバイル通信事業者やベンダはどのように戦っていくのか。価格戦略で交戦するにしても、モバイルクラウドによる新たな付加価値で戦うにしても、Big Dataに対する技術は不可欠であり極めて重要です。その技術の中核をなすのが、本連載において繰り返しお伝えしている「コモディティハードウェアによる分散コンピューティング」技術です。その代表格であるHadoop、Cassandra、HibariといったBig Dataのソフトウェア技術は、連載第4回目でご紹介したようにオープンソースとしてさまざまなWebサービスに利用され、鍛えられています。日本のモバイルビジネスでも、このような技術の利用についてそろそろ本格的に着手すべき時期にきているのではないでしょうか。

 モバイルビジネスにおいて「低価格だけ」が善であるという価値観は、現在の日本のデフレ経済をますます助長してしまいます。料金が高い水準にあっても利用者が急増していった携帯電話登場の頃のスピード感やアイデア、革新性に溢れた市場をもう一度取り戻すためにも、Big Dataの技術のような最新の技術をもっともっと有効に活用し、新しい価値をどんどんユーザーに提供していくことが不可欠です。

最後に


 これまで5回の連載を通して、まさに大きな変化が起きているBig Dataの背景、その技術、ビジネスモデル、そしてモバイルビジネスに与える影響について解説してきました。いまやモバイルやITと無関係のビジネスはもはや存在しないと言えるでしょう。そのため、「Big Dataとの戦い」はやがてすべての産業に波及するはずです。間近に迫るBig Dataという課題にどう立ち向かうべきなのかについて、そろそろ正面から考えてみてはどうでしょうか。この連載がそのきっかけとなれば幸いです。(おわり)

(2011年1月24日掲載)

What is BIGDATA

ブログURL:http://www.gemini-bigdata.com/
お問い合わせ先メールアドレス:bigdata@geminimobile.com

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