第5回 Big Dataがモバイルビジネスに与える影響


 これまで連載してきた「Big Dataとの戦い」もいよいよ最終回です。今回は締めくくりとして、Big Dataがモバイル通信事業(携帯・PHS通信事業、モバイルWiMAX、MVNOなどの移動体通信事業を総称)を中心とした、ソフトウェアやハードウェア、コンテンツプロバイダーなども広く含むモバイルビジネスに与える影響についての私たちの見方と、モバイルビジネスにおいてもBig Dataの技術により、コストを低減すると同時に新たな付加価値を生み出すことについて真剣に考えるべき時期に来ていることについてお伝えしたいと思います。

モバイルビジネスはBig Dataを構造的に抱えている


 連載第1回目にご紹介した「Big Dataとの戦い」は、Google、Amazon、Twitterなどのインターネットのサービスだけではなく、モバイルビジネスにおいても解決すべき大きなテーマです。その理由はシンプルです。日本のモバイル通信加入者数は1億、世界では50億を超え、通信記録だけでも膨大です。また、モバイル通信は、無線基地局間を移動する位置情報をはじめ、固定通信に比べ遥かに多くの処理(トランザクション)データを生み出し、さらにコンテンツの認証・課金を提供するプラットフォームからのデータ、(全てを把握できるかどうかは別として)搭載されたGPSの位置情報や非接触型ICのフェリカによる決済情報など、データも多種多様です。つまり、モバイルビジネスは構造的にBig Dataを抱えています。

Big Dataの流れは加速する


 今後、モバイルビジネスにおいては、次のような要因がますますBig Dataの流れを加速します。

【1】Web2.0 / SNS(Social Networking Service)
 Web2.0により、プロバイダだけではなくユーザー自身が動画などを駆使したコンテンツを生み出す土壌が整い、SNSなどの新たなコミュニケーションの形が急速に形成されてきました。これは、連載第1回目にご紹介したTwitterのように、すでにモバイルインターネット上のトラフィックを急増させる大きな要因となっています。

【2】IPによる高速無線データネットワーク、NGN、FMC
 2010年10月に、イー・モバイルがHSPAで利用している通信帯域を二重化することで最大受信通信速度を42MbpsとするDC−HSDPAの提供を開始し、2010年12月末には NTTドコモがLTE(Long Term Evolution)という従来の3G(第3世代)ネットワークとは別に構築したIP(インターネットプロトコル)による最大受信速度屋外37.5Mbps、屋内75Mbpsという高速無線データネットワークの運用を開始しました。2009年に提供開始したUQコミュニケーションズのモバイルWiMAXも、基地局数と加入者数を順調に増やしています。ウィルコムの事業を継承したWireless City Planningでは、XGPと呼ぶ新たな高速無線データネットワークの導入を計画していると報じられています。
 さらに、固定通信事業者が展開するNGN(Next Generation Network)により、IP(インターネットプロトコル)によるネットワークインフラの高度化と高速化、および低廉化がますます進みます。これをベースとして、FMC(固定と携帯の融合)によって移動網と固定網の境界がなくなり、相互に大量のデータ が行き来することになります。

【3】スマートフォンとマルチデバイス環境
 新年を迎え、2011年にはスマートフォンが新規販売台数の半分近くを占めるという予測を多くの業界関係者から耳にするようになりました。高精細スクリーンや大容量のストレージを持ったスマートフォンやタブレット型PC、ネットブックPC等は、インターネット利用を前提としたデバイスであり、これらの普及が大量のデータを生み出します。
 また、従来の携帯電話端末、ノートブックPC向けデータカードやUSB型データ端末、M2M用モジュールが混在するマルチデバイス環境となります。それにより、どんなデバイスからも同じサービスが利用できるような環境へのニーズが高まり、やがて多くのサービスがクラウド側で提供されるようになります。図1にGeminiの「Mobile Cloud Web Mail」のコンセプトをご紹介しておきます。

図1 クラウドにすべてのメールを統合するMobile Cloud Web Mailのコンセプト

図1 クラウドにすべてのメールを統合するMobile Cloud Web Mailのコンセプト


【4】モバイル通信機能内蔵チップ
 モバイル通信機能をもったマイクロチップが開発されはじめています。これがさまざまな機器や装置に埋め込まれていくと、いわゆるマシンtoマシン(M2M)通信が普及します。これにより人手を介さず、24時間休むことなく機器とサーバー間のデータのやり取りが行われることになります。

マルチネットワークがデータを複雑にする


 この数年、新たな高速無線データネットワークの建設が続いていますが、建設スピードを上回る速さで、指数的にデータ量が増加するというのがモバイルビジネスにおける経験則です。また、インターネットアクセスの「遅さ」や「つながらない」ことに対してモバイル通信事業者はとても敏感です。そのため、携帯通信事業者がモバイルWiMAXといった異種のネットワークを利用することや、固定通信事業者が提供するWiFi(無線LAN)を利用するといったように、複数のネットワークを組み合わせて提供する、マルチネットワーク化をさらに推し進めることになるはずです。

 仮に、心理面から他社のネットワークを組み合わせて利用することに抵抗があるとしても、MVNOがモバイル通信事業者からネットワークを借りて、このマルチネットワークによるサービスを提供します。こうして、いままで1社、1つのネットワークに留まっていたユーザーのデータが、複数のネットワークに複雑に散在することになります。

Big Dataに対応できないとモバイル通信事業者は土管化


 今後は、この膨大で複雑なデータとなるBig Dataの波を上手く捌き、使いこなし、ビジネスに生かすことができるモバイル通信事業者が、いわゆる「勝ち組」になって市場をリードするはずです。それが出来ないモバイル通信事業者は、データを単に運搬するだけの存在になってしまうでしょう。

 「このままでは土管になってしまう――」。そもそもこのような自嘲めいた表現は、日本の通信業界においては、1980年代初頭にデータ通信が開始された当時から使われていました。この土管化(ビットパイプ化)を恐れる理由は、「付加価値(バリュー)を提供できなくなるから」と単純化して説明されますが、その意味合いはもっと深刻です。

 それは、「土管化」すると他社との違い(差別化)を訴求することが難しくなるからです。新規ネットワーク建設競争を繰り広げている現時点では、データ回線速度のスペック値を訴求していますが、やがて各社横並びになることをユーザーは知っています。そして、建設後、ネットワークに余剰部分が生じると、設備を遊ばせておくよりは良いと考え、価格を「ウリ」にした値下げ競争に陥ります。典型的な事例が国際や長距離通信市場でした。「安い方が良い」というように価格が競争のテーマとなり、他社に切り替えるコスト(スウィッチングコスト)も小さく、低価格をウリにする再販事業者が相次ぎ、簡単に他社に移ることができることから競争も激化し、インターネットという技術革新も追い打ちをかけ、市場規模は急速に縮小しました。各家庭や企業で固定ネットワークを利用するための、ブロードバンド回線やインターネット接続においても同様で、いまや期間限定割引や無料などの「価格施策」がユーザー獲得活動の中心になっています。

 価格施策を中心とした欧米と異なり、日本のモバイル通信業界は、この状況を良く理解しており、土管化を回避するべく早期から以下のような手を打ってきました。

●携帯電話端末の自社ブランド化
●電話番号をメールアドレスとした携帯メール(SMSとMMS)を自社内のユーザー同士の送受信に限定
●携帯からのEメールドメインを自社名化
●自社独自のモバイルコンテンツ仕様

 これらを展開し、さまざまな方法でユーザーを囲い込むとともに、他社との「違い」をユーザーに提供してきました。日本の携帯電話料金は他の先進国に比較して高いというレポートを見かけることも多くありますが、このようなさまざまな機能やサービスを提供し、価格に見合う価値をユーザーが支持したことで、まさに今の価格水準を維持できたといえるでしょう。

 しかし、現在起きている環境変化は、このような差別化要因を過去のものにしてしまいそうな勢いです。ユーザーはSIMカードを差し替えて自由にデバイスを取り替え、スマートフォンからSkypeを使って音声通話を行い、Googleが提供するGmailなどのWebメールを使うことで携帯通信事業者が提供するメールを利用せず、FacebookやTwitterのアカウントによりソーシャルネットワークを利用します。結果として、モバイル通信事業者はインターネットアクセスを提供するだけとなり、ユーザーがモバイルデバイスで「何をしているのか」全くわからないという状態となります。するとやがて、価格で訴求する以外の術がなくなります。

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